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【体験談】辛いときは逃げていい。新卒で入社した会社をたった半年で辞めた話

逃げていい_会社_退職 記事 (NZ)

ああ、また月曜日か…。
会社に行きたくないなあ。
休んじゃおうかなあ。
でも明日休んだら、その次の日に何を言われるか…。
そもそも休むっていう連絡すらする勇気もないし。

こんな風に、悶々として休日を過ごしている人はいませんか?

私はかつて、そうやって悩むうちの一人でした。

今回は海外のこととか全く関係ないのでどこまで需要があるのか甚だ謎ですが、最近いろいろと思うことがあったので、同じような状況にいる人の参考になれば幸いです。ちなみにただの経験談。

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氷河期真っただ中の就職活動

私が就職活動に勤しんでいたのは、いわゆる「就職氷河期」と言われた時代でした。それも真っただ中。まさに買い手市場もいいところです。

無心でエントリーシートをひたすら書いて、「なんで日本の履歴書って手書きなの!? ザ・ナンセンス! 量産には非効率すぎる!」とぶつくさ文句を言いながら(今はパソコンを使うこともあるそうですが)、自分のお粗末な経歴を連ねていく作業、苦行のごとし。

何回、何十回と説明会に参加し、グループディスカッションを重ね、グループ面接、1次面接、2次面接、社長面接…。ちょっと待って、何回面接すればいいの!?

そんな中、私のもとに内定通知という春がやって来たのは、思っていたよりもずっと早い7月頃でした。

入社式の運命的な出会い

それから何事もなく学校を卒業し、地方支社への勤務が決まったこともあって3月には一人暮らしを開始。と、その前に、私は入社式と2泊の研修に参加するために新幹線に乗っていました。全国展開をしているこの会社の支社は、実家とも一人暮らしの家とも全く離れた所にあったのです。

最寄りの駅で下車し、土地勘がなかったので地図を見ながら歩いていると…。

「もしかして、〇〇の入社式ですか?」

後ろから聞こえてきたのは、そんな声。

びっくりして「もしかしてあなたも…?」と尋ねると、「そうなんです! 一緒に行きましょう!」と満面の笑みの彼女。

なんと到着してみて分かったのは、研修中に宿泊するホテルで同室になる相手が彼女だったということ。そしてさらに、配属された支社が同じだということ。

モカ
モカ

まさに運命的な出会いでした…。

研修を乗り越えて実務開始

研修内容はすっ飛ばしますが、これがまた厳しかった。ここで辞めることを決意した人も中にはいたと言います。

研修も終わり、一人暮らしの家に戻った次の日には実務を開始しました。これがまた激務で、定時は関係なく朝早くから出社し、夜遅くまでやらなければならないことをひたすらやる。特に新入社員が先輩や上司よりも後に出勤するのは言語道断。そんな緊迫感漂う雰囲気の中、常に緊張して働いていました。

理不尽な内容で怒鳴られるのは日常茶飯事。陰口を叩かれるのもよくあること。

気付けば朝会社のドアを開ける前に、廊下の奥にあるトイレで何度か深呼吸しなければ出勤すら辛い状態になっていました。ただ単純に「どうしよう、笑えない」と思ったからです。

入社式で仲良くなった彼女とも、連絡はあまり取れていませんでした。同じ空間にいるにもかかわらず、互いに自分のことで精いっぱい。

また、会社では同期との食事や連絡を禁止されていたので、なかなかうまくコミュニケーションを取るのも難しいという状況でした(とはいえ、たまに人目を盗んでコソコソと遊びに行ったりはしていましたが)。

「気付かない」魔法にかかる

良くも悪くも、新入社員である私たちは吸収力も抜群でした。

この会社が「変」だということに気付いてすらいなかったのです。「なんでこんなこともできないんだ」「もっとちゃんとやれ」「ほかにも代わりはいるんだぞ」そんなことを言われ続けると、人間次第に「そうか、私ができない人間だからこんなに怒られるのか…」という境地に達します。

ここがどんどんと転げ落ちていく最初の段階。

地元の友達も別の会社に就職していましたが、入社直後からの激務で全く連絡を取る余裕もなく、気付けば仲の良かった友達からのメールや電話を確認しなくなって3カ月。

空メールでも良いから返事ちょうだい。みんな心配しています。

そんなメールが入ったのを見て、「あれ、これは自分で思っている以上に大変なことになっているかも?」と一瞬だけ我に返りました。

忙しさのあまり確認できなくなったというのは少しだけ言い訳じみていて、本当のところは友達が地元で楽しくやっている様子を見たくなかったのです。仕事が大変でも、辛くても、愚痴を言い合えるだけいいじゃない。そんなことを思っていました。

この件に関してはタイミングも悪く、ちょうど実家の固定電話を解約してしまった時期だったのでランドラインでもつながらず、一体何が起きているのか、という騒ぎになったようです。

朝起きたら体に異変

友達にはなんとか返事をし、ぼんやりと仕事だけの生活を送っていたところ。

ああ、なんか起きれない…。

目は冴えているのに、体が全く言うことを聞かなくなったのです。

そして、体が突然震え出しました。それはもうおかしいぐらいにガタガタと。寒いわけではないのに勝手に体が揺れるので驚いて、起き上がろうとしたけれど駄目でした。

行きたくない…もう、行きたくない!

初めて自覚をしたのは、この時。

ただ会社を休むとこっぴどく怒られるのは想像できていたので、なんとか無理やり体を引きずるようにして出社しました。あくまでも「怒られるよりまし」という理由付けでしかありません。

この頃になるともう大分精神的にもおかしくなっていて、会社が入っているビルを見るたびに「月曜日になったらうちの会社だけ消滅してた、なんてことにならないかな…」「死ねば楽になるのかな…」という陰鬱なことばかり考えるように。

ここでお気付きかと思いますが、「会社を辞める」という選択肢は一切頭になかったのです。

熱を出して実家に戻される

休みたいけれど休めない。怖い。明日はどうやって怒られるんだろう。誰にも会いたくない。

そんな風に考えながら働き続けていると、ついに高熱で体が言うことを全く聞かなくなるという事態が発生。タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど休日に入るところだったので情けないながらも母に「体が動かない。辛い。私はどこかおかしいのだろうか」と泣きつきました。

娘の異変を察知した母は、すぐに車を飛ばして駆け付けてくれました。

「帰るよ!」

そう言われた時は、まさに目が点。

えっ、帰る? 帰るってどこに?

そんな風にきょとんとしている私を差し置いて、母はさっさと荷物を詰めると私を引きずるようにして車に歩いていきます。

一人暮らしの家から、実家まで車で2時間ほど。実家に到着して自分の部屋に入った瞬間、悲しいやら悔しいやら、辛いやらで涙があふれてきたのを今でも覚えています。

退職と共に新たな道

結局私は体調が戻らず、しばらくして退職という道を選ぶことにしました。

地元に戻って友達に話を聞いてもらっていると、「辞めたらいいよ」「その会社にこだわる理由ってなに?」と言われることが多く、そのうちに「あれ? もしかして会社を辞めるっていう道もあるの?」と。話を聞いていると単純なことにも思えますが、この時の私はまさに目から鱗状態でした。

入社してからたったの半年。

一つの会社で長く続けた方が良いとも、そうするべきだとも思っていなかったはずの私が、いつの間にか退職という道があることすら見えなくなっていたことに恐怖を感じました。

一種の洗脳のような感じに陥っていたのだと思います。

辞めてからの私はといえば、もちろんまた改めて就職活動をすることになるわけですが、なぜかこれがかなりスムーズにいくんですね。それは「氷河期だったあの頃の苦労は一体…!?」と思ってしまうほどでした。

しかも最初の会社よりもさらにやりたいことができる環境で、仕事内容にも一切の妥協をしていないにもかかわらず、すんなりと二度目の就職先が決まってしまったのです。

辞めることは逃げなのか

中には「仕事なんて3年は続けなきゃ分からないでしょ」「もう諦めるの?」「そんな短期間で学べることなんてないよね」と、厳しい言葉をかけてくる人もいます。

でも私は、辞める=逃げだとはどうしても思えません。

逃げているのではなく、これは自分には合っていなかったのだという正しい判断。生きていくうえでは、少しでも違うなと感じたら軌道修正できるというのも立派な能力の一つです。

現に、ニュージーランドの人たちは良い職場で働けていたとしても、もっと良い場所、さらに良い職場、というのを求めて2~3年ごとに転職を繰り返す人もいます。それは逃げでしょうか?

仮に私の取ったような行動が逃げなのだとしても、それでいいんです。

辛いときは、逃げていいんです。

自分を幸せにできるのは自分だけ。自分の心を守れるのは自分だけ。

目的のために必要な苦労はあるでしょうが、ゴールのない状態で走り続けるのは辛いもの。もし同じような環境で悩んでいる人がいるのだとしたら、少し立ち止まって自分のことを大事にしてあげてほしいなと思います。

まとめ:道はたくさんあるから大丈夫

「辞めたからといってほかにやりたいことがあるわけじゃないし…」「次の就職先も決まっていないから」と考える前に、まずは自分の心と向き合うことが大事だと思っています。

諦めない心があれば、次の就職先はどうにでもなります。今よりも悪い職場環境になってしまうこともあるけれど、ずっと良い仕事仲間に巡り合える可能性だってあるのです。

そんなことよりも気にしなくてはいけないのは、無理をしすぎて働けない体になってしまってはもう「次」すらないということで、個人的には逃げ道はいくら用意しておいてもいいぐらいかなとすら思っているほどです(笑)

でもこうして嫌な経験や痛い思いをしてきたからこそ、人に優しくなれたり後輩にも同じことは絶対にしたくないと思えたりするので、今の私には全て必要なことだったのでしょう。

気付けば全てが今につながっている。そんなものなのかな、と思いながら生きています。

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