【経験談】経験ゼロからローカルジョブをゲットした方法

バリスタ_仕事探し 記事 (AUS)

「海外は実力社会だから学歴は重要じゃないし、会社が合わないと思ったらすぐに見切りをつけて辞めるから職歴だって度胸とやる気でカバーできるでしょ?」

なんて思っている人、いませんか?

実はこれ、大間違い。

もちろん、中には経験なし、コネなし、貯金なしとナシナシ尽くしで成功した人もたくさんいるでしょう。けれどもし、ビザの取得や切り替え、更新を考えていて、場合によっては学歴も重要だということを知っていたら。即戦力が求められる海外では経験ほど重要なものはないと知っていたら?

じゃあいいや、と考える人はきっと少ないはず。

今回は経験値がほぼない状態からローカルジョブをゲットした私の経験談をお話します。

知識も経験もゼロのままオーストラリア渡航

ワーホリ

私がオーストラリアに渡航したのは、日本で新卒として就職してから2~3年後の話。いわゆる氷河期といわれる時期の真っ只中に就活を経験し、かつての留学経験により海外の楽しさを十分に知っていた私は、いつしか日本で働くことの苦痛から「逃げたい…」と思うように。

海外に行きたいというよりは現実から逃げたいという一心で、それまでは考えてもみなかったワーホリという道を決意。

ある年の1月、年が明けてすぐに決め、まだ転職して数カ月しか経っていなかった会社を1カ月後には退職。そのさらに2カ月後にはすでにオーストラリアに降り立っていました。

最初の渡航先として選んだのはメルボルン。理由は特になし。強いて言えば、行ったことがないからということぐらいでしょうか。とにもかくにも、そんな適当すぎる理由でした。

ビザ申請代や健康診断、航空券、保険などで、渡航時に所持していた貯金は40万円程度。もしかしたら超貧乏ワーホリ生活を送っている人の中には、「それはそこそこ持っている方よ!」という人もいるかもしれませんね。

私の知り合いには、残金数ドルというところまで追い詰められたような強者もいました(笑)

海外での仕事の見つけ方

仕事探し_海外

日本で新しくアルバイトや仕事を探すときはほとんどの場合、インターネットや電話で応募することが多いと思います。

しかし、ところ変われば手段も変わるもの。

ニュージーランドやオーストラリアでは、次のような就活方法があるんです。

クラシファイドサイトを利用する

海外にはどの国にも大抵、求人募集やフラットメイト募集などの情報が掲載された掲示板があります。

メルボルンでいうなら「Gumtree」や「Dengon.Net」がそれに当たります。参考までに、ニュージーランドは「NZdaisuki.com」と「TradeMe」を使っている人が多い印象です。

どっぷり英語環境に浸かりたいという人は英語掲示板を、英語には自信がないから日本語でOKという人は日本語の掲示板を使うと良いでしょう。ここでは「せっかく海外にいるのだから英語を使うべきだ!」というような議論はいたしません。

コネを使う

日本ではあまり良い印象を与えない「コネ」入社ですが、実は海外ではごく一般的に受け入れられている就活方法の一つ。彼らからすれば「むしろ何がいけないの?」といったところでしょう。

コネ。つまり人脈。

人脈を作るのもその人の才能や努力がなせる業ですし、それが習慣的に行われている国ではむしろ、インターネット上で公開されている情報よりもコネ作りの方が大事なのです。

知り合った人たちに「仕事を探しているんだけど、何かない?」と聞きまくってみるのも一つの手。

履歴書を配りまくる

恐らく日本人が「えっ!?」と声を上げたくなってしまうのが、この方法。

突然 お宅 お店訪問をして、「今仕事を探しているんですけどぉ~ペラペラペラ…」と直接履歴書を配り歩きながら自分をアピール!(基本飲食店やリテールなどのショップに限る)

モカ
モカ

アポなしで突撃するなんて失礼じゃ…。

そう思ってしまいそうですが、海外ではこれもかなり一般的な就活方法。

場合によってはその場で面接になることも考えられますので、気を引き締めていきましょう。大体の場合は、面接するしないにかかわらず、履歴書だけは受け取ってくれます。

受け取ってもらえない場合でも、「ごめんね、ありがたいオファーなんだけど今ちょうど人手が足りているの」というように、かなり優しく断られるので怖がる必要はありません。緊張するのは最初だけ。数をこなしていけばすぐに慣れるので大丈夫です。

仕事なしの地獄の3カ月

仕事なし_コネなし

大層な貯金があるわけでもなく、日系企業で働くのは絶対に嫌だと思っていた私は最初から、渡航後3カ月で仕事が見つからなければ帰国すると決めていました。もしくは貯金額が日本円で10万を切ったとき。

オーストラリアで救急車を呼ぶとざっとそれくらいはかかるので、何かあったときに自分で対処できない状況になりそうなときには帰ろうと思っていたのです。

インターネットで調べ、毎日履歴書を配り歩き。日本では実際に英語で働いた経験もありましたが、なんとか面接にたどり着いても言われる言葉はただ一つ。

「でも英語での接客経験があるわけじゃないんだよね?」

確かに、ない。

英語でビジネスメールを打ったことも、営業をしたことも、通訳経験もあったけれど、飲食店で英語を使った経験は一切ない。それが理由でばっさばさと面接に落ち続け、3カ月。

就職氷河期とされていたあの苦しい時代を生き抜いた私でさえ、くじけそうになる辛さ。

周りには英語が達者でなくともローカルジョブを捕まえてくる人たちがいるのに、と何度も帰国を考えては諦め、ということを繰り返していました。

プライドを捨てて皿洗いから

皿洗い

毎日必死で生きているうちに、一つ気付いたことがありました。

私は多分、プライドが高い。

高校の3年間を海外で過ごしているのに。英語ができるのに。経験は多くないにしろ、日本でもちゃんと働いていたのに。こんなに頑張っているのに、なぜチャンスが訪れないのか。そんなことばかりを考えて、妥協するということをしていなかったのです。

つまり、自分の力を過信して、思い切り現地の人たちと張り合おうとしていた(笑)

よくよく考えてみれば高校の3年間ではネイティブレベルというにはほど遠いし、コミュニケーション能力がある方でもない。日本で働いていたとはいえ全く違う業種。

そこで一度冷静になって、改めて手当たり次第履歴書を配りながら、今度は「なんでもするので働かせてください!」と頭を下げて回ってみることに。すると驚くべきことに、そこから数日ほどで2件も仕事が決まったのです。両方ともローカルのカフェ。

給料は高くなく、皿洗いや掃除係からのスタートでしたが、この際とりあえずやってやれという感じでした。

見習いからバリスタ、責任者まで

カフェ

1つのカフェは「思っていたほど忙しくなかった」という理由ですぐに解雇されてしまう(!)のですが、結局もう1つのカフェでは皿洗いからウェイター、そして新人の指導係&バリスタとステップアップすることに成功。

その後掛け持ちとして働きだした小さなカフェでは、なんとSecond in charge(第2の責任者)としてオーナー不在時のショップを任されるまでになりました。

同僚たちとは定期的にクラブやバーに行って夜を明かしたり、カジノでちまちまと遊んだり。仕事しかしていなかったオーストラリアのワーホリですが、気付きと学びのある実に充実した日々だったと思います。

まとめ:どんなときでも道は開ける

最初こそ苦しさしか感じなかったメルボルンでの生活も、最終的には「来て良かった」と思えるまでに。

渡航当初にやりたかったこととは少し違うかもしれないけれど、方向転換を繰り返しながら突き進んだ道の上で出会った人、思い、経験。20代半ばにもなって、改めて正直に、誠実に、素直に生きることの大事さを学んだような気がしました。

苦しいときを乗り越えればそこに、明るい未来が待っているはず。

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